生きてこ!

急性リンパ性白血病(Ph陽性ALL)になって骨髄移植を受けました。これから人生の新しいステージです。骨髄移植について、その後の自宅療養の日々について、興味あることも織り交ぜて書いています。

骨髄移植の月間記録1<2017/8/31~9/30>

DAY184

こんにちは、ひららんです。

今回から3回に分けて、私自身が骨髄移植のため無菌病棟で過ごした記録をまとめていきたいと思います。大きなイベントについては個別に記事にすることもあるかと思いますが、1ヶ月はこんなふうに過ぎたよという大枠の記録です。面会について、省略することもありますが夫は毎日来てくれました。

ではさっそくGO

8月31日
いよいよ骨髄移植のため、大学病院のBCR病棟に入院。さっそく採血、検尿、レントゲン、心電図の検査。主治医のS先生は木曜は出張のため、同じチームのM先生とご挨拶。小さめの付箋と手鏡があればいいな。午後、研修医のY先生から「土日は検査もなく、やることがないので一時帰宅できますよ」とぜひ帰るよう勧められる。予想外で嬉しい。

9月1日
今日からスプリセルは休薬。CTを撮る。金曜日なので部長回診。
夫の叔父夫妻が関西からお見舞いに来てくださる。いろいろ頼もしいお話を聞いてすごく励まされました。

9月2日
病棟備え付けのWii Fit plusにMiiを作りました(やる気満々かよ)。
一時帰宅。お昼はモスバーガー! セリアにも寄って買い物を楽しむなど。そしてやっぱり家はいいな。

9月3日
1日のんびり過ごし、夕食にわが家の定番「豚丼」を作って、夜9時過ぎに病院に向けて出発しました。支度していて寝室で「あ、今日はもうここで寝られへんねや」と思った瞬間から涙が止まらなくなってしまった。病棟に戻って、看護師さんにもべそべそ泣きついてしまいました。またすぐ帰ってこれるよね。

9月4日
精神科の先生にも、フォローのため診察していただきました。
私が病棟の廊下で張り切ってWii Fit plusをやっていたら、他の患者さんも新たに始めてくださったようです。仲間が増えて嬉しい。
放射線照射(TBI)について放射線科の先生から説明を聞き、同意書にサインしました。この治療で数十年後の発がん率が上がる可能性があると言われたけど、思わず「数十年後まで生きられたら御の字ですよね(*´∀`)」と口から出てしまいました。放射線治療のときにCD限定で好きな音楽が聴けると聞いて悩みまくり。だって音源としてのCDは全部置いてきたしスマホとタブレットにflacで入れてるし…。さあどうしよう。候補としては

  • Perfume Level3
  • John Rutter Collection
  • ガンダムUCのサントラ

一番聴きたかったKalafinaのクリスマスのアコースティックアルバムはレンタルしたからCDがない(ノД`) 家族でflacからCDに焼けるスキルを持ってる人がいないorz

9月5日
ものすごいサプライズの日。県北の友達がお見舞いに来てくれることになっていたんだけど、面会ですよーと呼ばれたときの聞いた名前が「○○さんと××さんです」→関西在住の幼なじみなんですが…その2人がセットのシーンって地元しか思い浮かばないんですが…。なんと、私に内緒で県北の友人と連絡を取り合ってわざわざ来てくれたらしい。「ご家族ではないので面会通路へお通しします」という事務員さんを説得して(まだ白血球たくさんあるから)談話室で会いました。顔を見たとたん泣いちゃったね。他の同級生たちからの応援メッセージ(テキストや動画)も持ってきてくれました。ほんともうみんな愛してる。

9月6日
DAY-7
今日からカウントスタート。前処置に備えて、CVカテーテル(ルートは3本)と胃管(鼻から)を挿入しました。胃管を通しておけば、移植後に食べられなくなっても胃に直接栄養を注入することで回復を早めたりGVHDを抑えたりできるんだそうです。すごく違和感です…。
今日から毎日、体重と尿量を測定します。
薬剤師の先生から、前処置の薬について詳しい説明を聞きました。
研修医のY先生に、私がWii Fit plusをやっていることが他の患者さんにとっていい刺激になっていると聞きました。そんなふうに言ってもらえると嬉しいな。マーチでパーフェクトマーチ達成したりして一人で「ドヤア」してるだけなのにw
病室のTVでYouTubeを見ていたら主治医のS先生にチェックされて、見られるようにしたことを言ったら「天才ですか(゚Д゚)!」って言われてしまった。

9月7日
DAY-6
前処置スタート。吐き気止め(グラニセトロン)、フルダラ。今日のところは特に体調に変化はないように思う。
発病依頼、私の中ではいろいろ心境が変わってきたのだと思うけれど、実感が湧かない部分は病名を告げられた日から変わっていないのかもしれないな。
これが薬の計画表で、

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こちらはおなじみ、ポンプちゃん。当分の間、よろしく!
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9月8日
DAY-5
イメンド125mg、吐き気止め(グラニセトロン)、フルダラ。
明け方、大好きだった母方の祖母の夢を見た。季節は夏だった。プールサイドのようなところでハグしてくれた。その話を妹にしたら、今日の妹の夢には父方の祖父母と昔私がお世話になった小母さんが出てきて、電車に乗って出かけていったと教えてくれた。おじいちゃんもおばあちゃんも見守ってくれてるんだ…と思ったらやっぱり涙が止まらなくなった。
放射線照射の位置決めに行ってきました。ホントに箱の中に入るんだなあ。
部長回診。「うまくいくような気がします」いただきました!

9月9日
DAY-4
イメンド80mg、吐き気止め(グラニセトロン)、フルダラ。
今日は妙に眠くて朝食が来てからもしばらく寝てて、抗がん剤が終わってもあくびが出まくっている。謎だわ。
尿量を測るのに、紙コップで採るか便器にカップをセットしておくか(ユーリパンというらしい)迷います。多いときは紙コップ1個では足りないので。
娘の卒論や就活について夫とメールやLINEでやり取りしていたら、娘が面会に来てくれていろいろ悩みを吐き出してくれた。

9月10日
DAY-3
イメンド80mg、吐き気止め(グラニセトロン)、フルダラ。粘膜障害を少しでも抑えるためにロックアイスで1時間ほど口の中を冷やし続けてからアルケラン。私は日頃から氷をバリバリ食べる人間だけどさすがに多かった(^_^;
トイレにユーリパンをセットしてもらう。

9月11日
DAY-2
イメンド80mg、吐き気止め(グラニセトロン)、フルダラ、ロックアイス祭りからのアルケラン。
支援歯科のドクターと歯科衛生士さん回診。

9月12日
DAY-1
イメンド80mg、吐き気止め(グラニセトロン)、プログラフ24時間点滴スタート(ポンプ使用)、これは内服に切り替わるまでずっと続きます。
夕方TBI(全身放射線照射)60分×1回。音源はPerfumeの「Level3」で元気よく。主治医のS先生と研修医のY先生が照射室まで付き添ってくださり、Y先生には車椅子を押してもらいました。放射線照射のときは必ずドクターが車椅子で送ってくださるんだって。すごく緊張して怖かったけど、終わってみればどうということはなかったです。

9月13日
DAY0 移植当日を迎えました。
G-CSF(白血球を増やす薬)。
せっかく入れた胃管ですが、あまりにも違和感がきつかったので外してもらいました。水を飲むたびにコップが胃管に当たって飲みにくかったり(のでストローが重宝しました)、栄養液が鼻から通って胃に下りていく感覚、どうしてもダメでした。
ドナーさんが九州地方の方なので移植は夕方スタートです。夫、娘が来てくれて、夜には仕事帰りの次男も来てくれました。夜中までかかるかと覚悟していましたが、数時間で無事終了しました。

9月14日
DAY1
吐き気止め(グラニセトロン)、メソトレキセート。
(かなりしんどかったようでメモもほとんど記録なし)

9月15日
DAY2
ベッドに横になってトイレに行くのが精一杯。楽な姿勢が見つかりにくく、苦しい。

9月16日
DAY3
メソトレキセート。
大阪からお世話になっている先生が面会に来てくださる。

9月17日
DAY4
「自分は白血病になったことで生き方を変えるチャンスをもらったんだろうな」という思いがめぐる。体調はとてもしんどい…。
今日から医療用モルヒネ(モヒ♪)使います。

9月18日
DAY5
G-CSF、今日から当分続きます。
昨日より少し楽になった気がする。白血球100、好中球ゼロ。ヘモグロビンと血小板はまだ余裕があるので輸血はまだ大丈夫。 アルケラン投与時のロックアイス祭のおかげか口内炎はまだできていません。頑張ってガツガツ行ったものw
人とのつながり、人間より大きな存在について考えたり。10年前に発病していたら子供たちはまだ幼く、分子標的薬がなかったため助からなかった。今で良かった。発病したのが家族の中の誰でもなく、私で良かった。
関西から、仲人先生と息子さんが面会に来てくださる。
実家の父から電話が来る。頑固親父だけど大好きだよ。母からも別に電話が来る。ありがとう、心配かけてごめんね。

9月19日
DAY6
メソトレキセート最終投与。
今日から学生さんが実習で2週間付くそうです。
夜、発熱。

9月20日
DAY7
熱が38度台に。即培養、採血の上手な看護師さんの担当日でラッキーだったなあ。

9月21日
DAY8
しんどい日が続くけど、何とか食事時には椅子に座って一口でも口から取るようにしてる。そのことを主治医のS先生に言ったら「こんな優秀な人はめったにいませんよ、頑張ってますね。頭が下がります」いただきました・゜・(PД`q。)・゜・

9月22日
DAY9
発熱と口内炎がつらい。喉が痛くて水も飲めない。自分の唾液を飲み込むこともできない。食事はストップしてもらい、点滴で栄養補給をすることに。

9月23日
DAY10
実家の両親が電撃的に面会に来てくれる。身内なので個室に入ってもらう。でも私は口が痛くてしゃべれないし、ぐったりしている様子を見せるだけで。母が、ほどけかけていたシーツの紐を結び直してくれたのを見て「あー、おかあさんだなあ」と思った。

9月24日
DAY11
日曜日だったので、時間差はあったけど家族全員に会えました!
しゃべれないので、手話の「ありがとう」を覚えました。先生に、薬剤師さんに、リハビリの先生に、看護師さんに、看護助手さんに。
長男が面会に来てくれる。
夫から聞いた話。次男は移植当日、私があまりにぐったりしていて病人ソノモノだったので、いたたまれなくて泣きたいのを我慢していたんだって。それであんなに強く手を握ってくれたんだね。言葉に出さなくても気持ち伝わってるからね。
妹の友人で、ある日突然「睡眠時無呼吸症候群」で植物状態になって、意識が戻らないまま亡くなった人がいる。あなたの生き様は忘れないから。

9月25日
DAY12
どうしても内服しないといけない薬(ウルソデオキシコール酸)があって、錠剤のまま飲むのがつらいから飲むときに看護師さんにお湯で溶いてもらっています。お湯が多めのときがつらい…。
下腹(腸のあたり)が痛い。

9月26日
DAY13
骨髄移植の場合、平均で生着まで2週間ほどなのに、まだ好中球がゼロのままなんです…すごく不安です。
栄養点滴のせいか血糖値が上がってきたので空腹時血糖の測定が始まっていたんだけど、ときどきインスリンが必要な数値まで上がるのでインスリン注射も始まる。喉のえづきが続いていてつらい。起き上がったり、トイレに行って立ったり座ったり、手を洗ったりと体を動かすはずみですぐ吐きそうになる。苦しい。
腸炎の疑いあり。ユーリパンが採便用と採尿用の2つになって使いにくいので、採便できるまで採尿用のを外してもらう。
家族LINEで弱音を吐いたら次男が飛んできてくれた。
夜は1時間おきにトイレ(下痢)で目が覚める。数日前から大人用紙パンツを使っています。

9月27日
DAY14
好中球ゼロ。主治医のS先生から、生着不全の可能性と臍帯血移植の可能性を示唆される。重い気持ちのまま1日を過ごす。夫が面会に来てくれる時間が何よりの支え。
研修医のY先生は今月で血液腫瘍内科での研修を終えられるので、今日でラスト。8月からいろいろありがとうございました。

9月28日
DAY15
好中球ゼロ。でも白血球が昨日40→今日130に上がった!
口内炎も、喉はつらいけど口の中は比較的ダメージが少ないそうです。父譲りの歯並びの良さに救われました。

9月29日
DAY16
白血球610、好中球300!!!! 移植後、初めて好中球が確認されました。本当に怖かった。嬉しい。神様ありがとう。

9月30日
DAY17
白血球1960、好中球1311!!!爆上げ(゚∀゚)キタコレ!!
髪はほとんど抜けてしまいましたがそんなのどうでもいい。私はもう少し生きられるかもしれないね。